ばあちゃんが残してくれたもの

~身内に頼るな~

今回は私のばあちゃんのお話です。

私が幼少の時に両親が離婚、母に連れらればあちゃんのいる今の家で暮らすことになりました。

私は一人っ子です。いつも一人遊びをしている姿をばあちゃんは何故か心配そうな目で見ていました。

小学5年生の夏休み、母が婦人科検診で癌の疑いがありと診断され、検査入院することになりました。

ばあちゃんが自分の部屋に私を呼び、

「お母さんはこれから検査で入院するけど、結果によっては帰って来れないこともあるよ。はっきり言うけど死ぬことだってあるんよ。覚悟はしておきなさい。」

そして立て続けに

「これまでのように今の家で普通に生活できないかもしれない。ばあちゃんも80歳に近いからあんたとずっと一緒にはいられないよ。その覚悟もしておきなさい。」

と言われました。

小学5年生の私はその日泣きながら、母の入院先の病院へ自転車を走らせ、母のいる病室に飛び込んでさらに大泣きしました。

結局、母はその後の検査で癌も見つからず、異常もなく無事退院しました。

私が20歳の時、仕事が休みの日は大好きな空手の練習を自宅の外で一日中やっていると、ばあちゃんが来て

「あんた休みになるといつも一人で空手ばかりやってるけど、少しは外に出て友達をつくりなさい。若いうちは一人でもいいけど、これから年を重ねていくうえで大切なのはその友達が助けてくれたり、支えてくれる。ましてあんたは一人っ子。私達が死んだらあんたはこの家でひとりぼっちになるんよ。その時にあんたが頼るべきは身内や親戚じゃない、あんたが知り合った友達、他人を頼るんよ。」

この言葉の意味はすぐに分かりました。

ばあちゃんは戦時中、大分県院内町近くの山深い村に二人の子供を連れて疎開していました。

そこでは知り合いも全くいないので、ばあちゃんが一番にした行動はその村の人に話しかけ、畑仕事や田植え、稲刈りを手伝い、自然に友達になっていくことをして、最終的には村の全ての人と仲良くなり、何かあっても村の人が手助けしてくれるようになったそうです。

人とのご縁、心の深さが疎開という経験で身にしみているばあちゃんの言葉は説得力がありました。

ばあちゃんの言葉が現実になったのは私が40歳で母が他界した時でした。

私もその後、いろんな人達から助けて頂き、時には家族のように接してくれたり、そして再婚することもできました。

人と繋がること、受け入れられること、それがどれだけ大切なことか、ばあちゃんの教えは私にとって最高の財産です。

ばあちゃん、ありがとうね。

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山伏のお寺&整体院

本山派修験宗聖護院門跡末寺 菩提山 瑞光院の住職 瀬口一幢(せぐちいちどう)と申します。 バランス整体アトリエ椿の院長もやっております。 よろしくお願い致します。